建設業許可を取得した後、体調不良・家庭の事情・景気の変動・元請との関係変化などさまざまな理由から、一定期間工事を受注できない状況が生じることがあります。このような場合に多くの事業者が不安に思うのが、「工事実績がないまま許可を維持し続けることができるのか」という点です。
結論から述べると、工事実績がないことを理由として直ちに建設業許可が取り消されることはありません。建設業法上、許可の取消事由は第29条に限定列挙されており、工事実績がないこと自体は取消事由には該当しません。したがって、毎年の決算変更届を適切に提出し、許可要件(経管・専任技術者・財産的基礎等)を継続して充足している限り、工事実績がゼロであっても許可は有効に存続します。
ただし、工事実績がない状態が長期間続くことは、許可の維持に直接影響を与えないとはいえ、いくつかの重要な間接的影響をもたらす可能性があることを正確に理解しておく必要があります。本記事では、工事実績がない状態が許可の維持・更新・経営事項審査・財産的基礎に与える影響を詳細に解説します。
毎年提出が義務付けられている決算変更届には、当該年度の工事実績を記載する工事経歴書が含まれています。工事実績がない年度については、工事経歴書に「実績なし」として提出することになります。この場合、書類の記載内容として「実績なし」は認められており、記載自体が問題となることはありません。
ただし、工事経歴書に実績がない状態が複数年にわたって続く場合、決算変更届の内容として許可行政庁に把握されることになります。これが直ちに行政上の問題につながるわけではありませんが、実態として建設業を営んでいない状況が長期間続くことは、後述する財産的基礎の観点や経営事項審査の評点において無視できない影響をもたらします。
| 工事実績の状況 | 工事経歴書の記載 | 届出への影響 |
|---|---|---|
|
当該年度に実績あり |
工事名・請負金額等を記載 | 通常の記載で問題なし |
|
当該年度に実績なし |
「実績なし」として記載 | 記載自体は問題なし |
|
複数年にわたり実績なし |
各年度「実績なし」として記載 | 財産的基礎・経審に影響の可能性 |
5年ごとの更新申請においても、工事実績がないこと自体は更新の拒否事由にはなりません。更新申請の審査では、許可要件(経管・専任技術者・財産的基礎・誠実性・欠格要件)の継続的な充足と、決算変更届の提出状況が確認されます。工事実績の有無は更新申請の審査項目には含まれていないため、実績ゼロの状態であっても要件を満たしていれば更新は認められます。
ただし、更新申請時に問題となりうるのが財産的基礎の要件です。一般建設業許可の更新においては財産的基礎の審査は免除されますが、特定建設業許可の更新においては財産的基礎の要件(純資産合計4,000万円以上等)が引き続き審査されます。工事実績がない状態が続くと売上がなく、財務状況が悪化していくことが予想されます。特定建設業許可を保有している事業者が長期間実績ゼロの状態に陥ると、更新時の財産的基礎要件を充足できなくなるリスクがあります。
| 許可の種類 | 更新時の財産的基礎審査 | 実績ゼロによる影響 |
|---|---|---|
| 一般建設業許可 | 審査免除 | 財産的基礎の観点では影響なし |
| 特定建設業許可 | 審査あり(厳格) | 売上減少による財務悪化で要件未充足リスクあり |
工事実績がない状態が経営事項審査(経審)に与える影響は、更新申請よりもはるかに直接的かつ深刻です。経審は公共工事を直接発注者から請け負うために受審が義務付けられている審査であり、その評点は実際の工事実績・完成工事高・技術者数・財務状況などを総合的に数値化したものです。
工事実績がない状態では、経審の評点に最も大きな影響を与える完成工事高(X1評点)がゼロまたは極めて低い数値となります。完成工事高はX1評点の算定基礎であり、2年平均または3年平均で計算されるため、実績ゼロが続くほど評点は低下していきます。
| 経審の評価項目 | 工事実績ゼロによる影響 |
|---|---|
|
完成工事高(X1) |
評点が大幅に低下・ゼロになる可能性 |
|
技術職員数(Z) |
実績がなくても技術者が在籍すれば影響なし |
|
財務状況(Y) |
売上減少・損失計上により評点が低下 |
|
社会性(W) |
保険加入状況等が維持できれば大きな影響なし |
|
総合評定値(P) |
完成工事高・財務の低下により大幅に低下 |
公共工事への参入を将来的に視野に入れている事業者にとって、工事実績の空白期間が長引くことは経審評点の回復に相当の時間を要することを意味します。公共工事参入を目指しているのであれば、実績の空白期間を最小限にとどめることが長期的な戦略上重要です。
工事実績がない期間が続くと、事業者の財務状況は売上ゼロの状態が継続することになります。この状態が長期化した場合、財産的基礎の要件が将来的に問題となる可能性があります。
一般建設業許可の新規申請または業種追加申請においては、自己資本500万円以上または500万円以上の資金調達能力が財産的基礎要件として求められます。一般建設業許可の更新においてはこの要件の審査は免除されますが、業種追加を将来検討している場合は、その時点での財産的基礎の充足が必要となります。売上がない状態で固定費や生活費を自己資本から切り崩し続けると、業種追加のタイミングでこの要件を満たせなくなるリスクがあります。
特定建設業許可については前述のとおり更新時にも財産的基礎の審査があり、純資産合計4,000万円以上・流動比率75%以上・欠損の比率20%以下という要件を満たせなくなった場合、更新時に特定建設業許可から一般建設業許可への格下げが必要となります。
工事実績がない状態でも許可を維持し続けることは可能ですが、事業再開の見込みがまったくない場合に許可を維持し続けることの実益は限られます。毎年の決算変更届の提出義務は実績の有無にかかわらず発生し続けるため、許可を維持する限りは毎年のコンプライアンス対応が求められます。
事業再開の見込みがない場合は、廃業届(許可の取消届)を提出して許可を返上するという選択肢も検討に値します。廃業届を提出することで、以後の決算変更届提出義務が消滅し、行政上の管理負担から解放されます。
| 状況 | 推奨される対応 |
|---|---|
| 一時的な工事の空白期間(数ヶ月〜1年程度) | 許可を維持しつつ決算変更届を継続提出 |
| 中長期的な事業縮小(1〜2年程度) | 許可維持の実益を検討・専門家に相談 |
| 事業再開の見込みなし | 廃業届の提出を検討 |
| 後継者への承継を検討中 | R2改正の承継制度の活用を検討 |
ただし、廃業後に再び建設業を営みたいと思った場合は、新規申請から許可取得をやり直す必要があります。再開の可能性が少しでもある場合は、維持コストと再取得コストを天秤にかけたうえで判断することが重要です。
工事実績がない期間中も、許可要件の継続的な充足と法定義務の履行は変わらず求められます。この期間中に特に注意すべき事項は以下のとおりです。
経営業務管理責任者と専任技術者の在籍確認は最優先事項です。これらの人物が退職・死亡・資格喪失した場合は、変更後2週間以内に変更届を提出し後任を立てる必要があります。工事がない期間であっても、この義務は継続します。
社会保険の加入維持も重要です。近年の建設業許可審査では社会保険加入の確認が厳格化されており、加入状況の変化が生じた場合は速やかに対応する必要があります。
毎年の決算変更届の提出は、実績の有無にかかわらず事業年度終了後4ヶ月以内に必ず提出しなければなりません。工事がない年度であっても、財務諸表(実績なしの内容)と工事経歴書(実績なし)を揃えて提出する義務があります。
工事実績がない期間を経て事業を再開する際には、いくつかの点を確認・整備してから受注活動を開始することが重要です。まず、許可の有効期間と更新申請の期限を確認します。実績がない期間中に更新期限が近づいていた場合、更新申請の準備が遅れているリスクがあります。
次に、決算変更届の提出状況を確認します。実績がない期間中も毎年の届出が必要であることを改めて認識し、未提出年度がある場合は遡及提出を優先的に行います。
さらに、事業再開に際して許可業種の見直しや業種追加を検討することも有益です。元請からの要請や市場の変化に対応するために新たな業種を追加することで、受注機会の拡大につなげることができます。事業再開のタイミングは、許可内容の最適化を図る好機でもあります。
工事実績がない状態が続いても、建設業許可が直ちに取り消されることはなく、毎年の決算変更届を適切に提出し許可要件を継続して充足している限り許可は有効に存続します。しかし、実績がない期間が長期化することは、経営事項審査の評点低下・特定建設業更新時の財産的基礎要件充足困難・将来的な業種追加における財産的基礎の問題といった間接的な影響をもたらす可能性があります。
許可を持ちながら工事実績がない状況に直面している場合は、その期間の長さと今後の事業見通しを踏まえたうえで、許可維持の方針について建設業許可に精通した行政書士に相談することをお勧めします。状況に応じた適切な対応策を早期に講じることが、事業の継続的な発展を支える基盤となります。